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アナウンサー合格体験記
RSK山陽放送 山内翔斗さん
私が声光塾に入塾したのは、大学3年生の8月でした。アナウンススクールに入るかをずっと迷っており、スタートとしては正直遅かったと思います。今振り返ると、もっと早く、入塾しておけばよかったと心から思います。
入塾して何より驚いたのは、ESの通過率です。入塾前、キー局・準キー局のインターン選考での通過率は約4割でしたが、先生に添削していただくようになってからは、キー局・準キー局の本選考での通過率が100パーセントになりました。その後の地方局のESも順調に進むようになり、本当に感謝しています。
声光塾では、ESや発音・発声の技術だけではなく、ガクチカの作り方や「毎日をどのように過ごせばいいか」といった、根本的な暮らし方から教えていただきました。
そして、声光塾での日々で最も印象深いのは、毎回の授業の冒頭です。先生はいつも「元気?」と声をかけた後、必ず「面白い話して」と仰いました。私が話しても、いつも「面白くない」と何度も言われました。しかし先生は、ただ突き放すのではなく「こうしたら面白い話になるよ」と、相手を引き込む伝え方や構成を根気強く教えてくださいました。
また、面接に向けて「何かモノマネや一発芸ができた方がいい」とアドバイスをいただいたのも、面白くない私の「殻を破るためのひとつの方法」だったのだと思います。最初はとりあえず私が大好きなメタルバンドのように、頭を振りながらエアギターをやりました。しかし、冬の新潟の試験で見事にスベり、会場の気温をさらに下げてしまいました。
それでもめげずに、最終試験では家でもよく口ずさむほど大好きなLUNA SEA・河村隆一さんの『Love is...』のモノマネを全力で披露し、結果的に内定をいただくことができました。
もちろん、モノマネが全てだったわけではありません。ただ、あの「面白い話して」の特訓や、スベってでも自分を出し切る挑戦を通して、恥を捨ててぶつかっていく度胸を身につけることができた。それこそが、私に足りなかったものを先生が補い、増やしてくださった部分だと実感しています。
マンツーマン指導だからこそ、些細な悩みにも寄り添っていただき、より個人に合わせた深いレッスンを受けることができました。また、定期的な釣り大会やハロウィンパーティーなどのイベントを通して、仲間と切磋琢磨できたことも良い思い出です。
結果的に全国各地の試験を飛び回り、岡山県の放送局から内定をいただくことができました。最後まで諦めなかったのは、どんな時も私と向き合い続けてくださった先生のおかげです。
もし、本気でアナウンサーになりたいと迷っている人がいるなら、一番の近道は声光塾に入ることかもしれないと心から思います。森本先生、本当にありがとうございました。
(2026年 山陽放送入社)
RSK山陽放送 中村潤平さん
声光塾に入塾したのは大学3年生になる春先のことでした。一般的なアナウンサー就活のキー局対策などを考えると、スタートラインは少し遅めだったと思います。
小さい頃から漠然と「話す仕事がしたい」と思っていましたが、大学への入学を機にその他の進路も考えていました。ただ、大学3年生になり、「やっぱり、挑戦してみよう」と思いアナウンサー就活の道へ進みました。その時に見つけた声光塾は、マンツーマン指導で自分にあったアナウンス技術の基礎やエントリーシートの添削などをしてもらえるという点を魅力に思い、体験レッスンを経て入学しました。
入った頃は、いきなりキー局・準キー局のインターンシップ募集があり、出遅れた雰囲気を感じました。添削の度に幾度となく言われた「普通すぎますね」という言葉に悩むこともありましたが、「自分の色にあった局・ご縁のある局を目指しなさい」というアドバイスを胸に、「絶対にアナウンサーになる!」という強い気持ちを奮い立たせて就活を進めていました。
大学4年になる春、ローカル局のアナウンサー募集が始まる中、少しずつですが書類選考が通過するようになってきました。ただ、次のステップになかなか進めない状況が続き、歯がゆい気持ちと、どうすれば良いのかという焦りがありました。そんな時にレッスンで掛けられた「次のステップに進みさえすれば、案外すぐに内定まで繋がるかもね」という先生の言葉がとても心に残っています。
結果的に内定をいただいた局以外では、カメラテスト以降に進むことが無かったので、本当に良いご縁をいただいたなと、今振り返っても思います。
とにかくレッスンの中では、「面白くないですね」ということを言われ続けた1年間でしたが、その”面白くなさ””普通さ”をどう活かしていくか、どのように自分の土俵へと持っていくかを鍛えられた日々だったと感じています。”普通”だからこその視点に立って、自分の伝えたいことを真っすぐに伝える、自分の強みを最大限に生かすということの大切さを実感したアナウンサー就活でした。
特に最初の頃は全く結果が出ず、そんな状況には落ち込むこともありましたが、アナウンサー就活は、「諦めない気持ち」が肝心です。たくさんの場所に実際に行き、その土地を歩き、その土地の物を食べる。大変な就職活動も"楽しむ"中で、自分に合った地域や波長の合う局などが見つかるはずで、その大切な縁というものを逃さないことこそが大事になってくると感じました。
頂いたご縁に感謝し、これからはアナウンサーとして地域の方の頑張る姿を伝え、その土地の魅力をたくさんの方に発信して盛り上げていきます!
(2026年 山陽放送入社)
KNB北日本放送 天野龍之介さん
【アナウンサー就活を振り返って】
私は中学3年生の頃から、アナウンサーという職業に憧れ、目指すようになりました。
高校3年生で他塾のセミナーを受講し、大学2年生の秋には別のスクールへ。そして大学3年生の春、アナウンサーになるにはここしかない!と声光塾に入塾しました。入塾してすぐにESが通過し、自分の可能性を少し感じられたことを覚えています。そこから全国各地のインターンシップに参加し、ESの書き方や面接での受け答えを学びながら、少しずつ成長している実感を得られるようになりました。
そして本選考へ。ESは通るようになり、面接も以前ほど緊張せず、自分らしく話せるようになっていました。初めて進んだ最終面接では不採用でしたが、「もう目の前まで来ている」と思っていました。しかし現実は甘くありませんでした。
最終面接で落ちた局は4局。何度も何度も最後の壁に阻まれ、気付けば応募できる局も少なくなっていました。
「アナウンサーという夢は叶わないのかもしれない」
そんな思いが頭をよぎるようになりました。そうした中、KNBの募集が8月に始まりました。「これが最後になるかもしれない」そう思いながら書類を提出し、最終面接へ進むことになりました。
そして面接の数日前。
「滝に行って心身を清めたい人、募集!」
塾のグループに、そんなメッセージが送られてきました。別にスピリチュアルな人間ではありません(笑)。
それでも、「これは行くしかない。悪い流れも不安も全部流して、最後の面接に挑もう」と思い、奈良の山奥で滝行をしてきました。すると、その効果があったのかどうかは分かりませんが、今まで越えられなかった最終面接の壁を突破することができました。
それまで何度も何度も、鳴らない電話を待ち続けてきました。内定の電話がかかってきた瞬間、思わず自分の頬をつねったことを今でも覚えています。
「最後まで諦めなければ夢は叶う」
子どもの頃から何度も聞いてきたその言葉が、初めて現実になった瞬間でした。何度最終面接で落ちても、何度心が折れそうになっても、挑戦をやめなかった。だからこそ、内定を掴むことができたのだと思います。
もし今、思うような結果が出ずに苦しんでいる方がいたら、どうか最後まで諦めないでください。私自身、諦めかけた最後の最後に夢を叶えることができました。そして、その道のりを支えてくださった声光塾には、心から感謝しています。
【受講した感想】
私は大学3年生の春、声光塾に入学し、ESや面接対策を中心に指導していただきました。入学してすぐに、これまでなかなか通過できなかったESが通るようになり、自分自身の変化を実感しました。
特に印象に残っているのは、地方局のインターンシップ応募です。応募する全てのESを一つひとつ丁寧に添削していただき、動画課題がある局については構成や見せ方まで細かくアドバイスをいただきました。自分一人では思いつかない視点をたくさん教えていただき、安心して挑戦することができました。
声光塾の魅力は、何といってもES・面接対策の手厚さです。個別指導なので、毎回たっぷりと自分のためだけに時間を使っていただけます。そのため、強みや経験を深く掘り下げながら、納得のいく形で就職活動を進めることができました。
また、学業や部活動、アルバイトとの両立がしやすいことも大きな魅力です。私自身、部活動と教職課程に取り組みながら通塾していましたが、無理なく続けることができました。
さらに個別指導でありながら、ハロウィンやBBQなどのイベントも充実しており、同じ夢を持つ仲間と出会える機会が頻繁にあります。就職活動中は不安になることも多いですが、一緒に頑張る仲間の存在は大きな支えになりました。
アナウンサーを目指している方はもちろん、ESや面接に不安がある方にも、ぜひおすすめしたい塾です 。
(2026年 北日本放送入社)
NHK佐賀放送局 牧田優さん
アナウンサーになるという強い思いから、内定率9割超えの成功塾に通うことを決意し、門を叩きました。
森本先生のもとでは、私自身の推しポイントを活かしてESを徹底的に見ていただき、順調に進んでいるように感じました。
しかし途中、ESが通らない日々が続き、不安に押しつぶされそうになる時期がありました。書いても書いても面接すら呼ばれず、次第には不安からESが書けなくなり、レッスンの場でいきなり涙したこともあります。
そんな時先生からいただいた言葉が心に残っています。
「最後まで諦めなければ必ずなれる。」
この言葉が大きな支えになりました。
森本先生を信じ、どんな状況でも諦めず、落ち込みそうになっても最後には必ず前を向くことを自分に課しました。
また、一般企業の就職活動と並行しながら半年間の休学を決意し、休学期間では、自分に足りない力と向き合い、強みを磨く時間に充てました。
その結果、来たるNHKキャスターの選考では、最初に面接に呼ばれた局から内定をいただくことができました。
新幹線を降りてすぐ内定電話が来て、新大阪駅のフォームで人目も気にせず泣きながら電話を受け取ったのを覚えています。
振り返ると、レッスンで徹底的に対策していただいたことは、この結果に繋がりました。これ以上ないくらい万全の準備をしました。NHK佐賀の選考だけで分量で言うとノート一冊分です。自信を持って選考に臨むことができました。
「最後まで諦めなければ夢は叶う」。この言葉の通り、私は夢を掴むことができました。 現在は大変なこともありながら、やりがいがあり充実した毎日を送ることができています。
森本先生、そして声光塾に出会えたことに、心から感謝しています。本当にありがとうございました。
(2026年 NHK佐賀放送局入局)
エフエム徳島 小川真白さん
「声光塾で学んだからアナウンサーに内定した」
「声光塾に通っていなければアナウンサーになれなかった」
大学3年の1月、スクール主催の内定報告会で、1学年上のアナウンサーになる先輩たち全員が話された言葉です。私も1年後、声光塾の先輩たちのようにキラキラした表情でアナウンサー内定を報告したい!と強く思いました。
私は声光塾とは別のアナウンススクールに通っていました。アナウンス技術や社会人としての振る舞いを厳しく指導していただきました。しかし、アナウンサー就活が始まってから、エントリーシートが通らないのです。「その内容でいいんじゃない」と期待したようなアドバイスはもらえません。
もやもやとした日々を過ごす中で、先輩から声光塾を紹介してもらいました。そして、森本先生のご指導を受けるようになりました。
私がこれまで書いていたエントリーシートを見ていただくと、「通るはずがない」とハッキリとおっしゃいました。何がどうダメで通らないのか、説明していただき、私の何をアピールしたらよいのかを細かく教えてくださりました。
そして、入学から2週間後、初めてエントリーシートが通過しました。その後は、北は北海道、南は沖縄まで全国の放送局の面接に進み、最終面接も経験することができました。
ただ、初めての最終面接から苦しみました。何度、最終面接を受けても内定しないのです。それでも、先生は「大丈夫!内定は時間の問題だから」と励ましてくださいました。
大学4年生の1月、1年前に夢見た内定報告会。私はその場に参加することができません。 すると、森本先生は、「小川さんの内定を待ちます。内定報告会は2月に開催するので、開催当日までに内定してください。信じています!」と言葉をかけてくださいました。
「縁あって通ってくれた学生全員をアナウンサーにする!信じてついてきてください」 私は先生の言葉を信じ、先生は私以上に私のことを信じてくださっていました。
大学4年の2月、卒業まで1か月あまり。大学生活の最終盤のタイミングで私は内定しました。そして、憧れていた報告会で経験を話すことができました!
「アナウンサーになりたい」という小学生の頃からの夢。それを叶えられたのは森本先生のおかげです。最終面接で何度も落ちたり、教室でも悔し涙を流し続けたり、、、
そんな私に森本先生は「アナウンサーになれる!」といつも前向きな言葉をかけてくださりました。
先輩たちのように声を大にして言います!
「私は声光塾で学んだからアナウンサーになれました!!」
声光塾の教室に通って、エントリーシートはたくさん通過し、最終的には夢を叶えて嬉し涙を流すことができました。悔しい経験をした分、内定したときの喜びはとても大きかったです。 地元の徳島県で、夢の一歩を踏み出せること、幸せです!!
(2026年 エフエム徳島入社)
RSK山陽放送 一坪花音さん
大学2年生の冬、私は声光塾の門を叩きました。正直、その当時は大学で専攻している福祉の道に進むか、アナウンサーになるか、自分の中で迷いがあり、今よりもアナウンサーになりたいという気持ちは強くなかったんです。でもそんな時に先生が、「どちらか選ぶ必要はない、どちらも目指せばいい」と言ってくださり、様々な挑戦を支えてくれる声光塾という環境に惹かれました。
授業は2時間の完全マンツーマン。原稿読みなどのアナウンススキルだけでなく、先生と面白い話をしながら色んな知識を吸収していく。2時間なんてあっという間で、毎回授業を受けに行くことが楽しかったです。授業を受ける度にアナウンサーという仕事の面白さを教えていただき、私のアナウンサーになりたい気持ちはだんだんと強くなっていきました。
そしていよいよ就職活動。しかし、アナウンサーになりたいという気持ちだけでは通らないのが、アナウンス就活。面接では落ち続け、せっかくカメラテストに進んでも全く手応えがない、本当にしんどかったです。さらに私は大学の授業で病院実習に行く機会があり、その期間が就職活動と丸かぶり。もうどちらかを諦めるしかないのかと電車の中で一人泣いたこともありました。まさに極限状態。でもそんな時に先生はいつも「大丈夫!信じて努力を続ければ必ず夢が叶うよ」と励まし続けてくださり、声光塾の授業は心のオアシスでした。不思議と、声光塾の授業を受けると「また頑張ろう!」という気持ちになれるんです。マンツーマンレッスンだからこそ自分の気持ちを全て吐き出し、全部受け止めてくださった先生には大変感謝しています。
全国各地を飛びまわり、地元岡山県の局に内定。内定の電話をいただいた時は駅のホームで泣き崩れました。就職活動は本当に大変でしたが、最後まで諦めずに頑張れたのは声光塾という環境があったからこそだと思っています。
これからは大学で学んだ福祉の知識を活用しながら、誰かの役に立てる情報を発信できるアナウンサーを目指して頑張ります!
(2025年 山陽放送入社)
青森放送 永井啓登さん
実る努力もある。
私は中学生の時に「アナウンサー」になりたいという夢を持ちました。高学歴の称号を手にする為に勉強に励みましたが、第一志望不合格。そして今通っている、桃山学院大学に行くことになりました。桃山に通うことになった瞬間、夢を諦めかけていました。ですが、どうしても「アナウンサー」という憧れの職業を諦め切ることはできませんでした。
そんな3年生の春、関西では無双との評判が高い声光塾と出会います。入学説明会の時に、「僕、学歴がコンプレックスなんですけど、アナウンサーになれますか?」と森本先生に聞くと「学歴なんて関係ありません!本気で目指すなら必ずアナウンサーにならせます!」と私の言葉を一蹴しました。その瞬間、よし!ここに入塾しよう!と決めました。周りからはとことん馬鹿にされ、笑われました。「お前なんかがアナウンサーになれるわけがない。アナウンサーって高学歴なの知ってる?」それが悔しくて悔しくて、気がつけばそんなガヤを見返したいという反骨心に変わっていました。
その気持ちを抱き続けて、はや1年半。これからの人生でこんなに人格を否定されることはないだろうと思うくらい、不採用という形で思いを跳ね返されました。北は北海道、南は沖縄まで約60のテレビ局にエントリーしてきました。面接に進めたのは21社。最終選考まで行けたのは2社。もうだめだ、自分なんかがアナウンサーになれるわけがない、何度も諦めかけました。ですがその時に支えてくれたのは、森本先生をはじめ、アナウンサー就活をしているスクールの仲間や周りの友達、そして家族。いつの日か、応援してくれている人たちの為にアナウンサーになりたいと思えるようになっていました。なにがなんでも絶対に夢を叶える!人生一度きり!思いっきりやれ!鏡に向かって100回は念じました。
そして、ようやく私はアナウンサーになるという夢を叶えることができました。内定の電話を頂いた時は、駅の待合室に居たのですが、人目も憚らず泣きました。大粒の涙が溢れ出ました。止まらないんです。今までの努力が報われたと思うとなかなか止まりませんでした。本当に自分がアナウンサーになったのかと疑ってしまうほど夢みたいでした。
森本先生から、ESの添削や誰にも負けない強みを作って頂いたり、私の課題であった面接でどうしたら通過できるか、最後の最後までアドバイスをして頂きました。その結果、夢を叶えることができました。本当に感謝しかありません。
これからアナウンサーとして、いちサッカーファンとして、中学校からの夢「高校サッカーの実況をする」を成功させる為に精進します!1年半の間、本当にありがとうございました!
(2025年 青森放送入社)
北陸朝日放送 中川流奈さん
234日
私が声光塾に通い始めてから、アナウンサーに内定するまでにかかった日数です。就活中はとても長く感じましたが、いざ数字にしてみると短いものだったなあと感じます。こう思えるのも全て森本先生のおかげです。
声光塾に通う前は、大学2年の夏から約1年 地元のアナウンススクールに通っていました。そのスクールでは、1人の先生に対して10数名のグループレッスン。そのため、90分の授業のうち 私に割かれる時間は10分程度でした。ESの添削はほとんどしてもらえず... 焦りからスクールへの不信感・不満が募っていました。
そんな時に、声光塾と出会いました。「アナウンサー内定率90%以上」という実績に惹かれ、問い合わせると、その日のうちにオンライン面談をしていただき、私の疑問すべてに答えてくださいました。いま思うと、あのスピード感がなければ、私の内定はもっと遅かったかもしれません。
「いまからでも 私はアナウンサーになれますか?」
なんとも投げやりな質問をしてしまった、と反省しています。ただ、先生は「しっかり努力をすればなれますよ」と答えてくださいました。多くの学生をアナウンサーにしてきた先生が言うのだから、私はアナウンサーになれる!
気持ちを新たに、大学3年生の9月 声光塾に入校しました。
初めてのレッスンでは なぜESが通らないのか、どうしたら通るのか、2時間かけて丁寧にご指導していただきました。
この日から私の趣味となった 全国の天満宮巡り。レッスンの帰りに大阪天満宮まで歩いたのも良い思い出です。
趣味ひとつ取っても、いかに自分を表現できるか、面接担当者の心を掴めるかが大切だと学びました。
1ヶ月後、準キー局のESが通過!初めてです。こんなに早く成果が出るとは驚きでした。
3年生の冬には地方局のインターンに参加することができました。ここで出会った高い志を持つ仲間は、私が内定を掴むまでたくさんサポートしてくれました。
3月のESラッシュのときは、1回のレッスン時間を何日かに分けて、全てのESを添削してくださいました。就活生と同じ熱量を持つ先生の存在はとても心強かったです。また、森本先生はいつでも励ましてくれます。
「私って 地味ですよね...」 そう言って教室で涙を流しました。カメラテストの先に進めず、募集も減ってきた頃、聞くべきことは他にもあったはずですが...
先生は返事に困ったようでしたが、明るくみえるような服装や普段から気をつけることなどを真剣にアドバイスしてくださいました。
泣き虫の私が厳しいアナ就活を乗り越えられたのは、私と同じぐらい私がアナウンサーになれることを先生も信じてくれたからです。改めまして、これまでのご支援に心より感謝申し上げます。
現在は 新たな環境でのスタートに向け、期待と少しの緊張を感じていますが、先生からいただいたご指導を胸に、努力していきます。
持ち前の『オタク力(りょく)』で、石川県のすべての町を回り、地域をとことん愛するアナウンサーになります!
良い報告ができるよう頑張りますので、どうぞ見守っていてください。
(2025年 北陸朝日放送入社)
RNC西日本放送 難波歩由未さん
私は、大学3年の夏から声光塾にお世話になりました。授業は、「今週は何か面白いことあった?」と話すことから始まるのですが、初めはそれに大苦戦。何を話したらいいんだろうと思っていましたが、何度かレッスンを受けていくうちに「こんな話をしようかな!あんな話をしてみようかな!」と行動して色々な話を森本先生に聞いてもらい、笑ってもらえたら心の中でガッツポーズをする…。そんな楽しいレッスンでした。面接での話も、エントリーシートもどこか面白くない…パッとしない…という感じだった私に面白さと唯一無二のエントリーシートを書く手助けをしてくださった森本先生には本当に感謝しています。マンツーマンだからこそ魅力を引き出してもらえ、理解もしてもらえる。そんな一人一人に合ったご指導、最後まで根気強く支えてくださるところが声光塾の魅力です。
アナウンス受験をしてみて、暗闇の中を彷徨っているような感覚でした。上手くできたかな!と思っていても落ちてしまったり、周りを見て自信を無くしたり…本当に受かるのかと不安でいっぱいでしたが、落ち込んでいる時は「大丈夫!ご縁がなかっただけ!そんなこともある!」と慰めてくださり、勇気をくださいました。そして、切り替えて万全の状態で次の局を受けられるよう、サポートしていただきました。
通い始めて8か月、1つ目の内定をいただきました。夢が叶ったんだ!という喜びと、森本先生をはじめとした周りの方々への感謝が込み上げてきて、涙が止まらなかったことは今でも忘れません。その後、地元の局にも内定をいただきました。22年間岡山で住んできた私にとって、地元でアナウンサーとしてたくさんの人に、地域に恩返しができることはとても感慨深く、すごくすごく嬉しかったです。
これからは、大好きな地元エリアを駆け回ってたくさんの方々の陰の努力を伝えられる、そんなアナウンサーを目指してがんばります!
(2025年 西日本放送入社)
山陰放送 八原真由さん
「八原さんは髪を伸ばした方が良いと思います。」
森本先生がおっしゃったこの言葉から私のアナウンサー就活は始まりました。
体育会の部活に入りながらアナウンサーを目指せるのか、キラキラとしたキャラでもない私が本当にアナウンサーになれるのか。そんな不安を解消し、いつでも全力で向き合ってくださったのが森本先生でした。声光塾に入り森本先生に出会っていなかったら、アナウンサー内定は実現できていないと思います。
春からは第1志望だった局に入社し、幼い頃から見てきたテレビ番組に携わることができると思うと、今でも夢のようです。これまで熱心に、愛情を持ってご指導していただき、感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。
これからはただの田舎娘ではなく、山陰の魅力を全力リポートできる田舎レディーを目指して頑張ります!
(2025年 山陰放送入社)
NHK岡山放送局 裏山奈央さん
私は、小学生の頃からアナウンサーになるのが夢でした。
中学から大学まで放送部一筋。
声光塾には大学2年生の2月から通い始めたのですが、一度アナウンサーの夢を諦め、大学卒業後は一般企業に就職しました。
営業職として働く日々は充実していましたが、常に頭の片隅には、幼い頃からの夢を道半ばで諦めたことに対する後悔がありました。
どうしても諦めがつかず、「もう一度、森本先生のご指導の下、アナウンサーを目指したいです。」とご連絡したところ、先生はとても温かく迎えて下さり、昨年の6月から再び声光塾に通うことに。
会社に勤めながらの通塾でしたが、レッスンの時間や、オンラインレッスンへの切り替えなど柔軟に対応してくださったおかげで、無理なく通うことができました。
月に2回~3回のレッスンで、ESの添削から、面接対策まで丁寧にご指導いただいた結果、ずっと憧れていた地元の放送局から内定を頂くことができました。
正直に言うと私には、ミスコンや福娘などの華々しい経歴は一切ありません。「特別」という言葉からは程遠い普通の会社員でした。しかし、先生は私がこれまでやってきたことを否定せず、自分でも気づけていなかった強みや個性を沢山引き出し、内定まで導いてくださいました。声光塾に通っていなければ、間違いなく今の自分はいなかったと思います。
先生、今まで本当にありがとうございました。今後良い報告が沢山できるよう、大好きな地元で精一杯頑張ります。これからもよろしくお願いいたします!
(2025年 NHK岡山放送局入局)
NHK新潟放送局 二瓶那菜さん
中学3年生の夏。野球部のウグイス嬢をした際に他校の先生から「二瓶さんの声で生徒が堂々とマウンドに立てているんです!」という言葉をかけてもらったことがきっかけで、アナウンサーを目指すようになりました。
アナウンスの練習を毎日続けたり大学に入ってからも、4つのアナウンススクールに通ったりするなどとにかくメラメラした気持ちで毎日を過ごしていました。
しかし、アナウンス受験が始まってからは全くエントリーシートが通過しない日々。全力でやっても結果がついてこない。これは努力の方法が間違っているんじゃないか?と1人で闘うことに限界と感じ、キー局アナウンサーを数多く出している声光塾に入塾しました。そして森本先生と出会ったことで私の夢への道がプラスに傾き始めます。
先生は「生徒に気を遣わせないプロ」だからです。生徒の個性を否定しません。入塾前は、自信を持って行ってきたことをエントリーシートに書き否定されるたびに、私の生き方に対してNOと言われている気がしてしまっていました。しかし、森本先生が否定したことは一度もありません。「これもやってみたら?」「このネタがいいんじゃない?」と”プラスに提案”してくださるので気を遣わず相談でき蓋をせずにアナウンサー試験にのぞめました。
結果、「絶対ここで働く」と決めていたNHK新潟放送局に合格。涙が出るほど嬉しかったのです。3回も民放の最終試験で落ち、どん底だった私でも、その度に立ち上がることができたのは「次はいける!」と森本先生が励ましてくださったからです。本当にありがとうございました!
地域で頑張る様々な人に取材して自分の声で想いを伝えられる、アナウンサーという最高の仕事をできて本当に幸せです。沢山の人に役立てるような情報を伝えられるようこれからも走り続けます!
(2025年 NHK新潟放送局入局)
NHK徳島放送局 上野綾子さん
民放を60社受け全て落ちたとき、「自分はアナウンサーに向いていないんだ」と完全に自信を失いました。そんなとき、森本先生から「これを読みなさい」と秘伝の書を紹介されました。そして、本に書かれていることを1つずつ実践していきました。物事を楽観的に捉えること、朝起きた時と夜寝る前に「自分はアナウンサーになる」と言い聞かせること、新しい挑戦をすること。
その中で、私は特に“新しい挑戦”に力を入れました。表現力を鍛えるためにYouTubeを始めたり、場慣れをするためにアイドルオーディションに参加したり、知らない土地でも物怖じしないよう2週間新潟で生活したりしました。(笑)
これらは一見就活とは関係のないことに思えますが、全ての挑戦が私を成長させてくれました。他のスクールに通ったこともありましたが、ここまで「人間力」を鍛えていただけたのは声光塾だけです。そこから4か月間、冬の選考に向け「絶対アナウンサーになるんだ!」という強い心を纏い走り続けました。
そしてNHKの選考で、最後のチャンスをいただけました。面接では、今まで閉じこもっていた殻を破り、自分の持っている全ての力を出し切ることができました。声光塾で培った“自分らしさ”を大切に面接に挑むことができたおかげで、審査員の皆様との会話を心から楽しむことができました。会場を出たときは、今までにない達成感で溢れていました。そして帰宅の途中、初めて内定の電話をいただけました。
声光塾に通っていなかったら夏の選考で諦めていたと思います。励ましの言葉やアドバイスをくれる大切な仲間にも出会えていませんでした。郵便局に書類を持って行っては連絡が来ない日々に何度も挫けそうになったとき、「最後まで諦めなかった人だけが、アナウンサーになれるんだよ!」と教えてくださり励ましてくださったのが声光塾です。
心から出会えて良かったと思う、アナウンススクールでした。本当にありがとうございました。
(2025年 NHK徳島放送局入局)
NHK帯広放送局 中田結子さん
私は、森本先生の「諦めなかった人こそがアナウンサーになれる」という言葉を信じ、受講を決意しました。
幼い頃からアナウンサーに憧れていたものの、大学3年生の春、倍率の高さを前に「私には無理だ」と挑戦する前から諦め、別の道を選ぼうとしました。しかし、3年生の冬になって「やっぱり私が本当にやりたいことはアナウンサーだ」と覚悟を決め、挑戦を決意しました。ただ、その時点で新卒採用には間に合わず、1年遅れの既卒として就職活動をすることに。
特技なし、アナウンス経験なし、22年間山陰暮らし。そんな私は、アナウンサーになれるのか?エントリーシートは通るのか?と不安でいっぱいでした。でも、先生の明るく熱心なご指導のおかげで、原稿読みやES対策を前向きに取り組むことができました。そして、伝統文化を守り、存続させる方法として、報道に携わりたいという目標に一歩近づくことができました。入学から半年での内定。夢のようです。
また、地方に住んでいる私にとって、オンラインで受講できたことは本当に助かりました。先生に教えていただけて良かったと心から思っています。感謝の気持ちでいっぱいです。今後またお世話になることがあるかもしれません。その際はどうぞよろしくお願いいたします。本当にありがとうございました。
(2025年 NHK帯広放送局入局)
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